肥満論
written byとぴあ

肥満の原因は約7割が生来の遺伝であるのが定説!ところがその肥満者を自己管理のできない怠け者だ云々と馬鹿にするのは、黒人を肌が黒いと蔑視するのと同様に社会的差別!確かに不健康な肥満は改善しなければならないけれど、それ以外で肥満者が不利益を蒙るのは概して社会的差別が存在するから!つまり太っていること自体が悪いのではなく、太っていることを醜いと感じ蔑視する社会的価値観こそが問題なのです!この社会的偏見があるから逆に健康を害してまでも痩せることに血眼になる愚かな女性が増加し、まんまとエステを太らせている!
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  2. <ヘンタイ>宣言
  3. 共愉──クィアの難問を解く生き方
  4. 素晴らしい新世界──肥満志向の社会
  5. 売春合法論
  6. 癒しのセックス
  7. スローフードとしての粗食
  8. 春川ナミオ研究──顔面騎乗の宇宙
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サイズ・アクセプタンスの思想

現在、米国において軽蔑されている人々は‘喫煙者’と‘肥満者’だと言われます。両者とも自己を律することが出来ない‘意志薄弱者’であり、努力を怠った者として、米国の社会的信念である「努力する者は報われる」というアメリカン・ドリームに反する存在として、忌み嫌われているのが米国の現状のようです。

しかし、‘喫煙者’は措くとして、‘肥満者’は両義的な存在であり、‘肥満’の原因は先天的な要素が7割で後天的要素が3割であるというのが、専門の研究者の間では定説になっています。
(注1)従って、肥満は、必ずしも意志薄弱で怠惰の結果であるとは言えません。この『肥満論』を書いている意図も、特にこのような‘肥満’に対する偏見や‘肥満者’に対する社会的差別の打破にあります。常に表示している『肥満論』の骨子を確認して頂ければ幸いですが、例えば、あくまでも生まれつきの体質の結果であるのに肥満していることで差別されるのは、黒人が「肌が黒い」という理由で差別されるのと同様に、まさに理不尽です。

ところで米国において「被差別者」の立場に立って、体型(特に大柄)によって差別されず、それぞれの体型の持ち主の人格を個性として尊重する社会を形成しようと運動している人々がいます。彼等─ISAA(International Size Acceptance Assocation)
(注2)のスローガンは次の通り。

SIZE is relative...(「サイズ」は相対的だ...)
Every BODY is OK!!(どんな人のどんな体型でもオッケー!!)
The size of YOUR body shuld be nobody's Bu$ine$$.(「あなた」の体型のサイズについて、誰かにあれこれ言われる謂(いわ)れはない、大きなお世話であり、金儲けの手段にされるべきでもない。)

まだ彼等に直接コンタクトを取っているわけではありませんが、推薦サイトとしてご紹介したいと思います。

http://www.size-acceptance.org/

(注1)
蒲原聖可『肥満とダイエットの遺伝学──遺伝子が決める食欲と体質』(朝日新書)
(注2)
acceptanceの辞書的な意味は「容認」で、その反対語はrefusal(拒絶)です。

(2000.7.2初出に加筆)

<ヘンタイ>宣言

伏見憲明『プライベート・ゲイ・ライフ[ポスト恋愛論]』学陽書房、8頁より引用。

「ぼくは<ヘンタイ>が好きだ。自分のことを<ヘンタイ>って言えちゃう人が好きだ。だってそれは、自分を基準値に近づけようとしたり、規格化されることから降りちゃった人のことだからね。(ちなみに漢字の<変態>は、他人に迷惑をかけるのが好きな人のこと)

<ふつう>っていう、実ははっきりしていない中心点から距離をはかりながら生きるのは疲れるし、知らず知らずのうちに既成社会のヒエラルヒーに組み込まれてしまう。それは<個>であろうとすることとは、逆のベクトルを指している。そんなのはもう、やめたほうがいいんじゃないのかな?降りてしまえばいい。

だから、ぼくはゲイと呼ばれてるマイノリティーだけど、『ぼくだって<ふつう>なんだ!』と呼ぼうとは思わない。それよりは『あなたもあなたであろうとすれば、<ヘンタイ>なんだ』とメッセージしたい。<ふつう>っていう言葉はその向かう側に、永遠に<ふつう>でないものを用意し、差別していくような気がするんだよね。目指すところが同じでも、ぼくは<ヘンタイ>という言葉を選び取りたい。

みんなが自分のやり方を見つけて、自由にやっていけばいいんだ。<ふつう>をつくる必要なんてないでしょ?それが無いことに耐えられない人は、セルフリスペクトが足りないんだと思う。もっともっと自分を愛してみようよ。自分に語りかけてみようよ。

そしてその<ヘンタイ>と<ヘンタイ>が、どうやって折り合いをつけながらいっしょに生きていくのかが、<関係>ということ。一方的に自分らしさを押しつけあっていたら、<共生>することはできないからね。そう簡単にはいかない。

ぼくは今、捜しているんだ。多様な人間ができるだけリラックスしながら、寄り合って生きていくための、<関係>のありようを。」


伏見憲明ホームページ

共愉──クィアの難問を解く生き方

伏見憲明氏が<ヘンタイ>宣言
(注1)を書いたのは1991年でしたが、その思想は現在、「クィア・セオリー」という実践的な理論に活かされ洗練され深化しています。

「クィア (queer)」については、その問題性も含めて、神名龍子氏(注2)が次のように解説しています。

1.『おかま』『変態』『奇妙な』等の意味の語から、従来のゲイ理論に対する批判をモチーフとして生まれた概念。『同性愛者(ゲイ)』というアイデンティティを持つことが、

1.)他のセクシャルマイノリティに対する排除や差別を生み出してしまう
2).『』の揺らぎや流動性、グラデーション性を無視して枠にはめ込み、その可塑性を切り捨ててしまう
3) 同性愛差別の原因である『同性愛・異性愛』の二項対立図式を再生産してしまう。

などの理由で好ましくないものであるとし、アイデンティティ(自己同一性、自己中心性)の廃止を主張する。したがって、具体的には同性愛者、バイセクシャルのみならず、トランスジェンダーや、異性愛の強制に異議を唱える異性愛者等を広く包括する用法が提案されている。この思想の骨子はいわゆるポストモダン思想に由来する。

 しかし現実には、例えば自分を『ゲイ』と規定しなければ『ゲイ』に特有の問題を解く事が出来ず、広い意味での『クィアにこだわる限り、単に『あらゆる問題はすべて解決されなければならない』という以上のことを何も主張し得ないことになってしまう。具体的な概念(やカテゴリー)を排除する以上、その必然的な帰結として、具体的な問題解決は不可能になる。これは、ポストモダン思想があらゆるもの(こと)を批判しながら結局は何事も解決し得ないことと、論理的にも現実的にも相似形をなしている。

2. なお、ゲイにして『QUEER JAPAN』(勁草書房)編集長の伏見憲明氏は、上記とは異なり、各カテゴリーがそれぞれのアイデンティティを保持しつつ、相互を結ぶ緩い記号として『クィア』の語を用いているようである。この意味で使用される場合には、単なる『セクシャルマイノリティ』の代替語でもなく、ヘテロセクシャルに対しても『開かれた』概念となっている。古くからの『マジョリティ vs マイノリティ』の対抗図式の乗り越えを意図しているという点で、むしろ評価すべき姿勢といえる。」
(注3)

1については、野口勝三氏が詳述しています。
(注4)クィア理論は、いわゆるポスト構造主義と相似しているが故に同じ難問(アポリア)を抱え込んでしまっているというのです。次も神名氏の解説です。すなわち──

この種の思想は必然的にある種の矛盾、難問(アポリア)に突き当たります。それは何かというと、簡単に言えば『』と『』の問題です。個々の定義を廃止すれば個々の差異は問題にならない代わりに『全体』というひとまとまりの像が浮かび上がります。つまり、『●●も△△も関係ない、みんな同じ◆◆じゃないか』という話になる。逆にこの『全体』を否定あるいは相対化しようとすれば、それを分割するための個々の定義が必要になります。つまり『みんな同じ◆◆だといっても、その中には●●もいれば△△もいるじゃないか』という話になる。これは単純な例ですが、要するにある定義を相対化するために、新しい定義を創り出してしまうという、矛盾した循環運動を続ける事になるのです。」
(注5)

神名氏の「クィア」の解説の、1の‘クィアの難問’を解くために、2の伏見氏のような立場に立つ柔軟性が必要なのだと思います。(注6)この難問を解くためには、all peopleといった漠然と一まとめにした人々全てでも、all the peopleと特定の集団を一まとめにして全体を把握する立場でも、each oneのように「めいめい」が個々に単独で孤立した立場にあるのでもなく、everyoneやeverybodyのように「各々一人ひとり全て」(注7)が、相互にそれぞれの多様な立場を認め合いながら、出会い関わり共に愉しめる生き方を、単なる机上の空論ではなく、日々、無理なく実践できるような, 、今・ここ(now・here)の場(トピア)の構築が必要なのだと思います。

ところで、 イバン・イリイチが提出した、「コンビビアリティ(conviviality)」という言葉があります。(注8)現在、「共愉」という絶妙な言葉に訳されて、見直されています。

元々、「コンビビアル(convivial)」という言葉は、例えば、気心が知れた仲間同士が、和気あいあいと共に円卓を囲み愉しく飲み食いして宴(うたげ)をしている様子を示すような意味合いの日常語でした。
(注9)

僕は、主義主張(イデオロギー)がまずあって、それぞれの立場の人々が使命感を抱いて連帯するとか、あるいは何か今・ここにはない‘ユートピア(utopia=nowhere)’を措定して、その目標に向かって小異を捨てて大同につくといった堅苦しい窮屈な関係性ではなく、人々それぞれが多様な特異性(ユニークさuniqueness)を示すが故に、その魅力に惹きつけられ、愉しいから共に関り、共に関れば関る程、なお一層、お互いが共に愉しく陽気に生き生きとできるという意味合いの、今・ここ(now・here)の関係性を示すものとして、この言葉を用いたいと思います。

そして、この「共愉」する生き方により、‘クィアの難問’を解くことができるのではないかと僕は感じているのですが、どうでしょうか?
(注10)


(注1)
<ヘンタイ>宣言
(注2)
神名龍子氏プロフィール
EON/W 復刻版
(注3)
クィア」 引用するに当たって、見やすくするために行を加えたり、番号の付け方を工夫し変更しました。
(注4)
「クィア理論とポスト構造主義──反形而上学の潮流として」『 クィア・ジャパン(Vol.3 特集・魅惑のブス)』勁草書房
(注5)
クィアの難問(アポリア)
(注6)
伏見憲明氏の生き方そのものの記録であると言えるゲイという[経験]の書評で野口勝三氏はこう記しています。「著者はゲイという少数者の問題に深く身を沈めていくことで、性と生の普遍性に達した。その思考の軌跡は、わたしたちに生存の技法に関する多くの示唆を与えるだろう」。
(注7)
サイズ・アクセプタンスの思想
(注8)
I・イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』日本エディタースクール出版
I・イリイチ『政治的転換』日本エディタースクール出版
I・イリイチ『生きる思想──反=教育/技術/生命』藤原書店
(注9)
スローフードとしての粗食
(注10)
イバン・イリイチを日本に紹介することに貢献した山本哲士氏は、安易にイリイチの「コンビビアリティ」概念を前面に押し出し、問題構成する立場を批判し、そのような日本の潮流に与しないと言っています。具体的に誰を思い浮かべているか僕も知っていますが、まさにその批判は当たっていると思います。でも、彼が批判しているような事態に陥らないためにも、やはり「実践」しかないのでは?とぼくは思うわけです。

「旧来の思想枠のまま新しい思考をとりいれようとする日本の知的な潮流は、自らの諸関係ないし合理性の存在根拠を問いかえすことなく、コンビビアリティを『共生』とし、さらにバナキュラーなものにそれを合致させ、エコロジー運動を正統化し、共生の『プラクシス=実践』論を主唱するという思考の転倒をやってのける」。(山本哲士『ジェンダーと愛──男女学入門』新曜社、241頁。)

(2003.5.11初出)


素晴らしき新世界──肥満志向社会

美しさの基準が突然反対の方向に変わり、ルーベンス調の女性がその時代の花形になる。至るところで──雑誌、テレビ、映画、広告、洋服屋のマヌカン女性──たっぷりと太った女性が今や、素晴らしく、美しく、感受性が豊かで、女性らしく、生き生きとして、若々しく、エネルギッシュで、健康的な姿を代表する。ファッションは太った女性中心となり、健康に関する読み物は、食欲旺盛の美徳を礼賛し、やせた女性にどうすればもっと食べられるようになるか助言する。グラマーで太った大柄な女性の写真や、線画や、きらびやかな紹介によって、新しい理想像がますます強調される。今や、肥満こそ価値基準を担うものであり、高い評価を受けるのである。小柄な女性はやせている屈辱に苦しみ、たとえば大きめのブラジャーやパットを身につけて服装に工夫を凝らし、やせた体を何とかごまかそうとする。彼女たちはボディービルの教室に参加し、体重が増えそうな高カロリー食品を摂取する。

あらゆる心理学的問題は、太りたいという欲求と重なり合う。肥満は、今や自己評価と自己愛のあらわれなのである。やせは、女性性や性からの退却とみなされる。やせた人は軽視され、まるで欠陥でもあるかのようによそよそしくされる。やせた女性は絶望のどん底に落とされる。何をやろうとしてもやせた体に打ちのめされてしまうのだ。体重増加を維持することができない。彼女たちは、自分たちが女性性の最低基準すら満たされないと感じてしまう。

スージー・オーバック『拒食症──女たちの誇り高い抗議と苦悩』新曜社、283-284頁より引用。


売春合法論

いわゆる‘売春防止法’を注意深く読めば判りますが、金銭を代償に、不特定多数(1)の異性(2)を相手に性交(3)する‘売春’は倫理的にいけないものだとされているだけで、現在のところ、売春・買春の当事者(4)に罰則が課せられることはありません。法的に処罰されるのはあくまでも‘売春斡旋者’の方です。(5)

(1)
従って、身元が分かっていて懇意にしている相手、例えば愛人同士や所定の手続きによって身元確認済みのサークルの会員同士等は適用外。
(2)
従って、同性同士だと適用外?
(3)
‘本番’と称して、男性器を女性器に挿入させること。従って、いわゆる手こきでの射精や素股やAF=アナルファック等は適用外。
(4)
未成年者を相手にする、いわゆる‘淫行条例’に抵触する行為は別。

なお、いわゆるこの‘淫行条例’に関して、当会ではどう考えているかをわかって頂くために、既にメーリングマガジンで配信(2001.1.20)したものをここに引用致します。……

この度、現在19歳の未成年の女性から正会員登録の申し込みがありました。そこで居住地区の‘青少年保護育成条例’、通称いわゆる‘淫行条例’に抵触することがあってはならないので、念のために調べてもらい、その結果をメールで報告して頂きました。

「お昼ごろ電話させていただいた件についてのレポートです。次は青少年保護育成条例からの抜粋です。

第1章 総則 
(目的)
第1条 この条例は、青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し、その健全な保護育成を図ることを目的とする。
 
(定義)
第2条 この条例で『青少年』とは、学齢の始期から満18歳に達するまでの者をいう。ただし、女子であって配偶者のあるものを除く。
2 この条例で『保護者』とは、親権を行う者、後見人、児童福祉施設の長、その他の者で、青少年を現に監護するものをいう。
 
(保護者の責任)
第3条 保護者は、この条例の定める禁止及び制限事項について青少年の善導の責任を負わなければならない。

・・・とありました。

http://www.pref.hokkaido.jp/kseikatu/ks-bsbsk/ssJourei.htm

満18歳は過ぎているので大丈夫かと思われますが、会の主催者様や会員の方に迷惑をかけてはいけないので正会員登録に関しましてはそちらの判断にお任せします。

よろしくお願いします。」(A.Yさん♀)

このメールに対して、当方は次のような意見を付けてメールを差し上げました。

「かねがね‘青少年保護育成条例’なるものは、欺瞞的な代物だと考えておりました。なぜなら、例えば20歳の成人男性と18歳未満の未成年女性の恋愛関係は、いかに『純愛』であったとしても‘淫行’と見なすものだからです。すなわち、いくら女性の意思により付き合っているにしても、その彼女は未成年なのでその決断は未熟なものであるとして、18歳未満の女子の意思決定をはなから否定する考えに基づいているわけです。これは人権侵害、従って憲法違反ではないのかと疑問が湧きます。

しかし既成体制がそのような条例をつくって‘善意’を振りかざしている限り、従わざるを得ません。

なにはともあれ、この度、条例に抵触しないということが判り一安心しました。、早速正会員の登録の手配を致しますので、お待ち下さい。」

(5)
従って、匿名掲示板のような‘売春斡旋’の場所を提供しているという意味で、その種の掲示板の管理者にも罰則は適用されると考えて良いでしょう。

ところで、上野千鶴子氏は、‘売春’と比較して、いわゆる‘援助交際’を次のように説明してます。

「『援助交際』が『売春』とちがうのは、彼女たちが『商品』でないからです。『商品』は客を選びません。彼女たちは『客』を選ぶ一種のフリーランスの自営業者たちです。しかも業者もいなければ市場もなりたっていません。自分の身体に市場価格が発生することを、彼女たちは偶然的に、かつ事後的に『発見』するにすぎません。」(注1)

`売春防止法’で想定されている‘売春婦’は意思・意志のない‘商品’と見なされているが故に、その‘商品’を売る斡旋業者が処罰されることになるわけですね。

また、宮台真司氏や橋爪大三郎氏は、成人の‘売春’には基本的に賛成の立場を表明しています。しかし、未成年の‘援助交際’という名の‘売春’はその当事者である未成年の、いわゆる‘自己決定権’が確立していない現状であるが故に反対であるとしています。(注2)

しかし、最近、いわゆる出会い系サイトにおける女子高生などの‘援助交際’の横行の実態に業を煮やした当局が、意志決定や判断力がなく‘保護対象’であると見なしていた未成年への認識を変えて、売春の当事者として処罰するための法制化をしようとする動向もあります。(注3)

ところがそうなると、 これまで、いわゆる‘淫行条例’に基づいて、意志決定権がなく判断力が未熟な未成年を意志や判断力のある‘大人’が買春するから、買春する側が処罰されていたのに、成人であれ未成年であれ、意志を持った同士の合意に基づく‘買春・売春’の当事者同士を現行の‘売春防止法’では処罰するという発想にはなっていないために、例えば成人男性と未成年女性の間の‘買春・売春’はかえって容認されるという結果になってしまいかねません。とにかく、ことほどさように、いろいろ矛盾が出てくることは確かです。

さてぼくは、日本のマルクス主義経済学者であった宇野弘蔵の、‘資本制的経済成立のメルクマール(指標)は労働力の商品化である’という見解を知った当時から、あくまでも‘資本主義的労働観’に照らすならば、‘売春’は合法的たり得ると原理的には考えていました。

‘性’を性器を挿入することに矮小化し特別視しタブー化する‘本番’の考え方は「変だ」(注4)と思っていました(注5)し、むしろそのような‘入れポン出しポン’のような行為は、マッサージの一種であり、従って労働者が自らの肉体労働やサービス労働を売って、賃金を得ていることを基本にして成り立っている資本主義社会においては、‘売春’はまさに資本主義的労働として特別のものではなく、当然、合法的であると考えたわけです。(なお、‘売春は最初の職業だ’と言われる場合がありますが、それは、‘売春’が、‘資本主義的労働’としての‘賃労働’の最も古い形態であるということを言っているわけです。)

これと同様の考えは、詳しくは知りませんが、現在、いわゆる‘セックスワーク’論として議論されているようですね。

(注1)
上野千鶴子『発情装置──エロスのシナリオ』筑摩書房、16頁。
(注2)
伏見憲明 『性の倫理学』朝日新聞社
(注3)
出会い系規制法案の全文判明 児童買春の書き込みに100万以下の罰金

  携帯電話の出会い系サイトを悪用して、いわゆる「援助交際」の相手方を探すことを禁止し、18歳未満の児童も処罰対象とする「出会い系サイト規制法案」の内容が27 日、分かった。

 インターネットに接続された携帯電話だけでなく、パソコンを利用した出会い系サイトも規制対象。電子掲示板に児童を相手として誘うメッセージを書き込んだ利用者に対して、100万円以下の罰金を科したほか、出会い系サイトの利用者が18歳未満かどうかの年齢の確認義務などを怠った「インターネット異性紹介事業者」が、都道府県公安委員会の是正命令に違反した場合は、6カ月以下の懲役または100万円以下の罰金を科されることになった。 

 法案では、誘いかけの書き込みをした児童も処罰の対象としている。このため自民党内には「買春の被害者である児童を処罰するのはおかしい」などと慎重論もあり、今後の議論の行方が注目されそうだ。

 政府は関係各省との協議の上、3月14日の閣議決定を目指す。

出会い系サイト規制法案全文

(毎日新聞2003.2.27)


なお、宮台真司氏は、この法案成立を検討する国会の諮問委員会に呼ばれて、反対の立場から意見を述べて来たそうです。その論点は概ね次の通り──

(1)どんな掲示板にも、‘出会い’に関する話題を書き込めば、すべて‘出会い系サイト’になってしまうのであるから、対象が広すぎる。
(2)‘被保護者’たるべき未成年者を処罰することにおいて矛盾が発生する。
(3)いわゆる‘なりすまし’の書き込みによって、悪意をもって特定の人物を罪に貶めるような事態も起こり得る。
(4)‘地下’にもぐって、昔の‘伝言ダイヤル’が復活したり、‘女子高生置き屋’などが盛んになる可能性もある。

(TBSラジオ「ディキャッチ」2003.5.10放送での発言)

(注4)
<ヘンタイ>宣言
(注5)
癒しのセックス

癒しのセックス

挿入主義、すなわちペニスを勃起させ、ヴァギナに挿入させ、ピストン運動して射精し絶頂に達して刹那の快楽を得るような、西洋的なセックス観に対して、東洋の、タオイズム(道教)が説くような、いわば「癒しのセックス」に目覚め実践しているカップルの事例を今週号の『AERA』で紹介しています。例えばこんな感じ……

「ベットにいく前に、前戯として、ソファでお茶を飲むようになった。絶えず、お互いの性器に触れてくつろぐ。30分ぐらいたったら、ベットに移る。複数の体位を試すことはしなくなった。体を大きく曲げる体位はやめた。正常位と側位を交互に、挿入してからは静かに動かし、20分は入れたままに。

後戯としては、またお互いに触れながらお茶を飲んだりする。以前はテレビを並んで見ているだけの時間が、『セックスの時間』に変わった。二人は言う。『ベットにいってからがセックス、と思っていた。そうじゃない。二人でいる時間のすべてが、セックスを含んだ愛の時間。絶えず触れて、話していたら、無理なくベットでも結ばれるようになった』

求めていた『癒し』は、性愛のなかにあったのだ。」

(『AERA』2002.12.23号p.48)
スローフードとしての粗食

最近、「スローフード」運動が注目されています。「スローフード」という言葉は、マクドナルドのような「ファーストフード」に対比された言葉ですが、この運動は、イタリアのローマに、まさにマクドナルド1号店が出来た折、1986年に北イタリアのブラという小さな村に「スローフード」協会が発足したことから始まったのだそうです。(注1)「質のよい食べ物を守り、そして違う人間同士が顔をつきあわせて食事をし、大いに語り合う」という当たり前のことが、スローフード運動の核(注2)だそうですが、まさに「共愉」ですね。
(注3)

スローフード運動が具体的に推進していることは──

(1)消えつつある郷土料理や質の高い食品を守ること。
(2)質の高い素材を提供してくれる小生産者を守っていくこと。
(3)子供たちを含めた消費者全体に、味の教育を進めていくこと。
(注4)

ところで、1984年から10年間、日本全国の小学校で、5.6年生の食事内容を調べた結果は惨憺たるものでした。朝食に「おにぎりとクリームパン」「ドーナツだけ」「ケーキだけ」とか、夕食は「カップ麺だけ」「チョコバーだけ」と答える子供たちが少なくなく、食事に問題があると思われる例が、全体の46%にのぼったそうです。

'飽食'の時代にあって、子供たちばかりか人々の食生活は総じて相当に破綻しており、拒食症や過食症などの摂食障害もますます深刻な問題になっています。
(注5)

拒食症であった20歳そこそこの息子さんに先立たれてしまった鈴木その子さんは、‘ダイエットは食べないことだ’という勘違いした当時の風潮を憂い、『やせたい人は食べなさい』
(注6)という当時としては常識破りの挑発的なタイトルをつけた本を世に出しましたが、彼女が提唱していたのは、要するに、油の使用を極力抑えるという方法(注7)を加味した上での伝統的な和食の勧めであると言えます。

日常の伝統的な和食は、「粗食」として、それぞれの地元の特産の季節ごとの旬の、従って食品添加物など含まない食材を中心にじっくりと味わう食事様式であり、イタリアから声が上がった「スローフード」と、理念においても実践においても、合い通じるものがあり、飽食の時代にあって食の歪みを正す切り札として、最近、とみに注目されています。
(注8)

この「粗食」を推奨する幕内秀夫氏が説く「粗食七箇条」は次の通り。

・ご飯(分づき米・胚芽米・玄米など)をきちんと食べる。
・発酵食品(みそ汁やぬか漬けなど)を常食する。
・カタカナ主食(パン・ラーメンなど)は常食しない。
・副食は季節の野菜を中心にする。
・動物性食品は魚介類を中心にする。
・砂糖・油脂類のとりすぎに注意する。
・神経質にならない程度に食品の安全性にも配慮する。

幕内氏が『粗食のすすめ』で示している指針は、つまりこうです。

まず「とにかくご飯(米)をしっかり食べること。それが基本」だそうです。

何故か。「まず副食が整う。魚を食べるとき、ご飯なら、刺し身、焼き魚、煮魚などが思い浮かぶ。だがパンで魚を食べようとしたら、フライやムニエル、マリネといったところになるだろう。ご飯だと油を使わない料理が幾つも選べるのに、パンは油抜きは難しい。」

「また、ご飯はひらがな食が合い、パンにはカタカナ食が合う。刺し身や焼き魚などひらがなで書ける料理は脂肪が少なく、フライやムニエルなどカタカナの方は脂肪が多い。麺類でも、うどんやそばなら脂肪は少ないが、スパゲティやラーメンは脂っこい。食はひらがなを選んだ方が無難なのだ。」

「食パンを買ってきて、成分表示を見てみよう。小麦粉のほかに、食塩、砂糖、脂肪がたいてい含まれている。一方ご飯は、米を水で炊くだけ。全く無添加だ。」

「従って、ご飯を食べないダイエットは問題が多い。エネルギーが不足し、その分、甘い物や脂っこい物が欲しくなる悪循環を生む。」
(注9)

だから、粗食をゆっくりと一口30回以上噛んで味わって食べ(注10)食卓を囲み共愉
(注11)する、粗食30回咀嚼嚥下(そしゃくえんげ)共愉(きょうゆ)がおすすめです!

(注1)
All about Japan スローフード関連リンク集
(注2)
ニッポン東京スローフード協会
(注3)
現在、「共愉」的と訳されている「コンビビアル(convivial)』という言葉は、例えば、気心が知れた仲間同士が、和気あいあいと共に円卓を囲み愉しく飲み食いして宴(うたげ)をしている様子を示すような意味合いの日常語でした。」共愉──クィアの難問を解く生き方
(注4)
ニッポン東京スローフード協会

(注5)
別腹の罠──過食症」「食べ放題論
(注6)
鈴木その子『やせたい人は食べなさい』(祥伝社
(注7)
なお、太らないためには脂質を摂取しない程良いと短絡した食事法では、むしろ栄養バランスが崩れて、かえって太る体質になってしまいますから、注意しましょう。欠乏した‘油’を求めて、スナック菓子などに手が伸びてしまうのが落ちですよ。必須栄養素の摂取割合は、炭水化物6:たんぱく質2:脂質2がバランスが良いと一般に言われています。

炭水化物の割合を低めにして、たんぱく質や脂質を多めに摂る「4・3・3」の割合が良いと提唱する立場もあります。
バリー・シアーズ『食事革命 4・3・3ダイエット―肥満解消、病気予防、そして長寿をもたらす食事法

(追記2007年:最近ではこのような栄養バランスを考えた食事様式を“ゾーン・ダイエット”と敢えて呼んで取り上げているようにですね。)
(注8)
「粗食の復権──飽食の歪みをただす切り札」『AERA』1999.11.29号、53-56頁。

健康のために伝統的な和食を勧める最近の本としては次のものを挙げることができるでしょう。

幕内秀夫『粗食のすすめ──「本物の健康」は「正しい食事」からつくられる』東洋経済新報社
幕内秀夫『粗食のすすめレシピ編』東洋経済新報社
幕内秀夫『粗食は生きること』講談社
島田彰夫『伝統食の復権──栄養素信仰の呪縛を解く』東洋経済新報社

ただし、‘粗食’の理論を誤解して栄養失調になっている人が多い現状を憂いて、肉や乳製品も取り入れた栄養バランスのよい食生活を勧めている本もあります。
鈴木敦志『粗食は大敵──長生きする人ほど、肉も魚もよく食べる』はまの出版
(注9)
前掲『AERA』56-57頁。
(注10)
太るメカニズムとダイエットの基本──レプチン過多と適量化
(注11)
共愉──クィアの難問を解く生き方

(2003.6.6初出)

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